偏差値と貧富の差の話

2017/ 08/ 05
                 
少し前にこのシリーズを書きはじめたのですが
ネタがいっぱい転がってきてしまったため、筆が進んでいませんでした。

今後の教育について
この話の続きかな。

そもそも偏差値って何?って話ですが、
試験を受けてる人間の平均点を50として、性器分布正規分布からスコアリングする手法ですね。
大体30から70の間に収まるやつなので、そこ以上/以下は何かしらアウトサイダーです。

教育業界にいる人は良くご存知かと思いますが、昨今、偏差値を取ろうとしてもスコアが正規分布しません。
数字の上で明確に二極化が進んでいます。
「勉強できる子」「できない子」の差が明確にでており、通常の集団を教えた場合の分布を取らなくなっています。

この話は、先日話したゆとり教育の話も絡んでいます。
ゆとり教育は結果の上では叩かれていますが、思想としてはある程度現代社会に合わせているものでした。
要するに「判断力を上げる」ってのが目的地でしたね。
例えばのはなし、叩かれた、「円周率3」って話にしたって、3.14って数字を覚えている必要はないんですよ。
先日も書きましたが、どこでもインターネットにつながる以上、適当にググって調べて、
その情報を取捨選択すればいい時代になってるんですよね。

ゆとり教育の失敗の要因は二つあります。

まずは、現代に合わせた教育をするには教える側のスキルアップが相応に必要ってことです。
今時学校の先生をしている人ってのは私は尊敬しますが、
最新のネットやらの技術に彼らが詳しいか、って話をしちゃうと、非常に残念ながらNOです。
これで子供に教えられるわけもないですよね。

もう一つは、情報リテラシー教育は金と時間がかかるってことです。
今のいわゆる「お受験」の問題やら、公立中高一貫校の受験問題でも見ればわかりますが、
受験の手法やらもすべて見直されていて、知識ではなく、手持ちの知識をどう使うか、情報を見てどう判断するか、
という高等教育で行われていたような話がハイレベルではとっくに行われています。
単純に覚えるだけなら、良質な参考書でも見つければどうにでもなるのですが、
この手の判断力は経験値が必要なので、良い指導者が必要です。
あとは、ネット環境を整えて、子供に合わせてカスタマイズをしていくのも実は結構時間と金のコストがかかります。


高校無償化、とかのわかりやすい部分で皆さん騙されていますが、
ルールが変わってしまっているので、今の環境は貧富の差が大きく出ています。
二極化は親の意識が高いか低いかの差である、という意見にも一理ありますが、
親の意識が高くても、金が無かったりでどうにもならない例を私は現場で散見しています。


Ingress絡みに限らず、ネットの世界でも、情報を見たときのリアクションの差で
情弱/情強という大雑把すぎるクラスタわけがされていますが、
そのうちこれが富裕層/貧困層の差になっていくんじゃないかと私は考えています。


この分野に関しては、割と将来を悲観しているので、有望な若者を救えるように、
私は頑張って稼げるようになりたいなーって思います。

結局、自分が貧乏だと誰も助けられないんですよね。
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コメント

        

うーむ
情報強者/弱者かどうかの判定が、どうも結果から逆算しないといけない概念のようなきがするんですよね。
儲かってるから情報強者みたいな。

このあたりはめめたんの願望の要素が強いように感じるかな。情報強者に儲けてほしいみたいな。「情報弱者死ね」かもしれんけどww

現実社会では成績良い子側の山のほうが、就職とのマッチングが上手く言ってない印象で投資効率が良くない感じがしますねぇ。


なるほどなるほど、考え方が逆、ってのはおっしゃる通りで、私が書いてたときに感じたモヤモヤについても整合性とれますね

ただ、現実に統計上おかしな動きであるところの二極化が起きてるのですが、これってどこから発生したと思われますか?

親の資産の差にしても、ここまでキレイに2つに別れないと思うんですよねぇ。
いきていくための知力はともかく、受験勉強に関して言うと背の高さや太ってる痩せてるとか足の速さみたいに、親からの遺伝でだいたい決まります。
(分かれて育った双子の研究の論文でも強く相関が指摘されている)
ふたこぶラクダの要因ですが、巷では所得格差によるものとされています

が、、、個人的には、学力というパスが役に立つと考えてるグループと、あまり役に立たないと考えてるグループが固定的になってきていると考えています。

端的に言って、大学行きたい人と大学なんて無駄だと思ってるグループというような感じで、日本国内に子供の教育を巡る二大潮流がはっきりしてるんじゃないかなと。

所得の格差によるものはどちらが先なのかというのはなかなか難しそうだけど、再分配では是正できないんじゃないかとおぼろげに感じておりますね。

>おーつねし
おっしゃる通りです。
しかし、その理論だけだと二極化の説明が付かないんですよねえ。

>通りすがり
そっちの産業にいたことがあるので知っているのですが、
下のほうの山の人間は学力にコストを払っていないかというとそんなこともないんですよ。

明確にバカの壁、みたいな超えられないラインがあって、なんでこれが発生しているのか、ここのところすごく考えています。
そう、そこも熟知してて、必ずしも経済力とも完全には相関しないですよね。特にミドル層では。

僕のコメントは、教育の投資効率と自分のスペックの見立てが分化してて、、スペックも微妙だし大学はいいや組とそこそこスペックはあるし大学はいっとくかみたいな2つの最適解が2つの山をなすのかなという感じですね。

>通りすがり
将来を考えてる層、考えてない層、っていうくくりに言い換えると、納得がいく気がします。
もう少し考えてみますね、ありがとうございます。