命の値段の変わり方

2017/ 09/ 02
                 
バズり方によって人の命の値段が決まってる気がして気になっていたのでちょっと書いてみる。

こんな話を書いてると、「お前が一番安いんだよこのハゲ」とか言われそうなのですけども、
とりあえず俺の話はばばっと棚に置いといて。


先日気になったニュースでこんなのがあったんですよ。

難病乳児、安楽死巡り議論 病院「回復見込みない」 両親拒否に米大統領賛同 - 毎日新聞

概要を言うと、ミトコンドリアだかがちゃんと生成されず、
どう考えても死ぬしかない状態の11か月の乳児を安楽死させようとしたら
大騒ぎになって世界中からチャリティーが集まったりした、って話ですね。

これを見て思ったことなんですが。

結果論から言うとこの子は亡くなっていて、
助けようとした側にも、安楽死させようとした側にも、私としては良いも悪いもないと思っています。
一応子供のためを思ってのことではありますからね。
そして、命には無限の価値がある、って理屈もわからんでもないのですよ。


ただ、その一方、アフリカの乳幼児が、ちゃんとご飯を食べれずに、
このイギリスの子供よりずっと安い値段で助かるにも関わらず死んでいる、って事実があるわけですよ。
命の値段っていったい何なんだろう、って本当に思うんですよね。

とはいえ、なのでアフリカにこのお金を回すべきだ、っていう話かというとそういうわけでも無く、
アフリカの子供たちを助けたら何が起きるかというと、次の世代がますます増えて、
助けなきゃいけない子供たちとコストが跳ね上がるわけですよ。


とかなんとか考えていて、命の価値ってなんなんだろう?
ってすげー思うんですよ。

他人ごとだから一つの理論としてある程度考えることができていますけども、
これが自分や自分の子供の話だったりすると、恐らく私も理性的には考えられない気がするんですよね。
というか、私は実際に、他の方々にはいつもいつも散々助けてもらってる側の人間なので、
助けてもらえるだけの価値が自分にはあるのか、って話をいつも自問自答していますしね。

難しいなー。
世界が見ようと思えば巨視的に見えるようになってきたから、この手の問題が発出している気もしますよね。

まあ、私は力がないので、自分の回りの人間をせめて助けられるように、とりあえずは頑張ってお金を稼ぎたいです。
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コメント

        

ちょっと話が違うのかもしれませんが‥

~ちゃん(くん)を救う会、みたいなのが日本でも時々立ち上がって寄付を募ってますよね。あれを見るたびに、なんだかな~と思います。あれに賛同して寄付をする「他人」である人々は、何に対して寄付をするんだろう。

僕も以前、一回だけ、「あやかちゃんを救う会」というやつに寄付したことがあって、あとになって、やはりすべきではなかった、と思いました。僕が助けたかったのはこの子一人だけだったのか?って思ったから。一人でも助けられればいいという意見もあるかもしれないけど、僕はそうはならなかったです。その寄付で、実はもっと多くの人が助かっていたかもしれない、とかも思ったり。

特別親しみや憎しみがないのであれば、意思表示(寄付や政治的行動など)って、対象者間では公平だと思うんです。僕が救いたかったのは、あやかちゃん「も含む子供全体」だったのだと思います。そこで「救う会」を立ち上げられなかった子供も、そういう難病を理由ではないが亡くなってしまった子供も。‥今更の話ですけどね。
こういうエゴのスプーンを疑問を持つのは当然だと思うが、人間の認知の領域がそこまででしかないから仕方がない事よ。

いくら「あらゆる場所で標準的な医療を!」と国境なき医師団とかが訴えても、「アフリカのンベンベに住むボカパカは一歳の誕生日を迎える前に病気で死にます南無ー」の方が、必要な資金を確保するのに余程有用だという事実がある。

私達が「誰かを救える」などという考え方自体が傲慢だよ。じゃあそんな傲慢な人々を利用するのが彼らのウマイやり方であって、金を払って何か満足を得られる我々より余程リアリストだよ。
単に我々は世界をより良くしようとする人々に利用されているに過ぎないよ。
つまりマイマイしか頭にない恋狂いの俺は埼玉のカエルが今すぐ憤死若しくは自殺したところでなんの良心の呵責も感じないと言う事。

「金は命より重い・・・!」
>ふうたろう氏
せやねー、最近時々言われることだけど、感情ポルノに金を出して、満足感を買ってる気がしなくもないですね。


>ヌシ
言ってることはもっともだったけど難しいなーと思いながら見ていたら、2番目のコメントが超しっくり来た。
お前頭いいな


>名無し
金に困らないようになりたいですね、せめて。