栗城史多氏の遭難に思う、プロになるということ

2018/ 05/ 22
                 

Twitter上でクライマーの遭難を知りました。

栗城さん、エベレストで遭難死=35歳の登山家、事務所が発表 - 時事通信

彼を登山家と呼んでいいのか私には言葉の定義が分かりませんが、まずはご冥福をお祈りいたします。

良い悪いは僕は裁判官でも何でもないので、思うところはあるものの
そんな話は皆さんがさんざん書いてるのでとりあえず置いといて、
個人的にプロとは何か、というのを周囲のコメントも含めて考えましたので、ちょっと記事にしてみます。


個人の見解ですが、「趣味の実力を周囲に認められる状態」というのは、
最終的には「自分の能力を換金できる」ことを指します。
スポーツにしてもそうだし、同人だってそうですね。
これは私のような雑文書きにしても同じなので、
逆に、稼げていない=認められるほどのものが今のところない、が当てはまります。
見出されていないのか、マッチ度が低いのか、ってのもあるのですが、少なくとも何かが足りないですね。

私なんかは昔よりはあれこれ目に留まるようになってきていてですらこれなので、フォロワー多くてこれはだいぶダメで、
それを趣味なので、って言い訳してたらもっとダメなんですよね。



で、こんな話は当たり前なのでおいといて、この話をもう少し考えてみると、
私は職業システムエンジニアで、言うほど技量がなくてもそこそこお金が稼げてるわけですよ。
うちの嫁なんかあれこれ僕よりすごい技量をいっぱい持ってるけど、同じ時間で下手すると倍近く稼げるわけで。

何かすごいことをしているのかというと別にそんなことは全くなくて、
毎日職場で淡々と仕事をこなしてるだけなわけっすよ。
それでもお金が手に入ってて、いいのかなーって考えてしまいます。
もうちょっと面白いことやって見せるのになーとか、あれがやりたいこれがやりたいとか、
考えることは多いですね。余裕が出てきたらやるけどね、半年以内には動き出したいな。


話を戻すと、この話は単に需要と供給の話で、需要が多いから別に技量がそんな無くても重用されるってだけですね。
対してスポーツなんかだと需要が少ないから資金調達が大変なわけですね。
今回の山の話も同じ。

私がしている話は趣味だろうが趣味じゃなかろうが、どの分野にも言える話ですね。

「認められるということは稼げるようになるということ」
この話に良いも悪いもないわけです。
稼げてないうちはまだまだ認められてませんよね。


しかし。この方法は穴があって、
「技量はとにかく、認められてしまえばお金になる」というのがあるんですね。

今回の話でもさんざん言われていますが、こんなの昔から同人界隈ではザラですわな。
シンジケートみたいなことをやってハンコ絵師ですらないのがそこそこ売れちゃったりするわけですよ。
登山家の話にしてもテレビまで使ってマーケかましてたからあれこれ怒ってる人がいるのかな、という観測です。

最近だとエンジニア界隈でもそういうの昔からありますよね。
高いところだとアレオレをかます自称高技能エンジニアとか最近割と鼻につきますし、
低いところだとできますやりますがんばりますおじさんを入れてみたら何もできないパターンもよく見る光景。

「マーケティング」と称してゴミを高く売りつけるのは人類の常なんだろうなーって思いますが、
その辺を排除する!っていうのもうまくいかないのが目に見えとるわけですよ。


しかし自分の話に置き換えたときに、お金になるほどの何ができるんだろうな、自分はというのを
ただただ考えてしまいの今回のポストです。


結論はまだまだ出せなさそうですが、
とりあえずお金にできそうなスキルは多方面で広げていったほうが飯食いそびれないかなとは思っているところです。
何の、ってのはわかりませんが、プロになりたいものです。
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コメント

        

マーケしてるから怒るというより嘘をつくから怒るんですよね。
色んな人が言ってますがショーとして金を集めるのは別にいいけど嘘ついて感動させて金集めるのはいかんだろって事です。
個人的には同意見です。
そのクオリティでお金を引っ張ったのか、みたいな話もありますし、だからこそ命を失った側面も事実あるのでしょう。

しかし、ウソといいますが、金を引っ張るってのはなかなか厳しくて、
実力がある人であってもお金を引っ張るために【本当ではない】というか、
認知の歪みを意図的かはおいといて引き出す話をしたりなどもろもろあるわけで、
そのへんの線引をどう引くのかって考えると、単純に「山をナメてるアホが死んだ」で済ませていい話じゃないよなー、っと考えているところです。
自分(の行為)が認められるためには、自分の技能の他に、売り込む力(自信とか内面的なやつ)が必要なんだとつくづく思います。商売ですからね。
あと、自分の技能が、どのくらいの価値があるのかを知ることですかね。僕自身が持っている技能については、その技能の価値はおろか、質、もっと言えばあるのかどうかについても全く理解できていません。
でも、事実として、日本300名山登って、ブログにそれらのことを事細かに書いてはきた。

念の為、日本百名山は、やっている人もいっぱいいるし、それについてのガイドブックも多く出ているけど、その次の200名山になるとガイドブックも挑戦者もぐっと減り、300名山になると周囲に誰もいないレベルです。ガイドブックがろくになかったので、自力で行けそうなところを(道がないところとか)地図見て探さないといけないことさえも。

ただそれでも、そんな300名山に登ったことが、その記録が、他人様にカネを払わせてまで見せる価値があるのかは全然わかりません。打って出る自信がないんでしょうね、とどのつまりは。
めめたんが同人誌書いて売るって話ですか!?
(需要あるネタを吟味してしっかり本文書いて絵師とかデザイナーにちゃんと表紙作ってもらえば印刷代と場所代ぐらいはペイできるよ)
>ふーたろさん
失うものの絡みとかありますし、一言では言えなさそう

>名無し
売らんわ!